エフィルの朝は早い。俺も朝が弱い訳ではないのだが、目を覚ました頃にはベッドからいなくなっている。クレアさんから宿の厨房を借りて朝食を作る為だ。

「ご主人様、おはようございます」

 定時になっても俺が起きないでいると、ネグリジェから既にメイド服に着替えたエフィルが起こしてくれる。もう朝食の時間になってしまったようだ。昨日は遅くまで議論していたからか、まだ眠い。

「あと5分寝せて……」

「朝食が冷めてしまいます……」

 ああ、そんな悲しそうな顔をするな。わかった、起きる起きるって。せっかくエフィルが作ってくれた絶品の朝食だ。誰が冷めた状態で食べるものか!

「う~ん、おはよう、エフィル。昨日は遅かったのに、今日の朝も早いな」

 エフィルが寝坊したところは見たことがない。

「規則的な生活をしていれば、自然と目が覚めます。それに、早起きは気持ち良いですよ?」

「ははは、善処します……」

「ご安心ください。ご主人様が寝坊されても、私が責任持って起こしますので!」

 俺の規則的な生活は約束されてしまった。

「お着替えはこちらに」

 エフィルは着替えを手伝う上に、髪のセットまでしてくれるのだ。至れり尽くせりである。もう俺は駄目人間かもしれん。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 身支度を終えた俺とエフィルは1階の食堂に向かう。時間は7時を過ぎたあたりで、朝食をとる人もまばらだ。ここ、精霊歌亭は宿の他にも、昼間は食事処を営んでいる。味は俺のお墨付き、ピークの時間帯に来ればいつも満員だ。

「おや、ケルちゃん、今日も早いんだね」

 その人気店の料理人であるクレアさんの朝は早い。女手ひとつで宿の経営をしながらも、夜遅くまで料理の仕込みをしているのだ。不思議なことに旦那さんにはまだ会った事がない。

「エフィルのお蔭で健康的な生活を送っていますよ」

「こんな可愛い子に毎朝起こして貰ってんだ、エフィルちゃんに感謝しなよ」

「毎日欠かさず感謝する所存です!」

「ふふっ、ご主人様ったら」

 そんないつもの会話を終え、朝食の席に着く。この時間、この席はほぼ俺の指定席と化している。毎朝定時にエフィル特製朝食が置かれている為だ。こんな身ではあるが、俺はパーズの筆頭冒険者である。そんな俺専用の朝食が置かれているテーブルだ、そこに座ろうとする者はなかなかいないだろう。店が混む昼間であれば問題だろうが、空席の多い朝であればクレアさんも構わないらしい。

「それでは、いただきます」

「いただきます」

 俺の向かいにエフィルが座り、一緒に朝食をとる。当初、エフィルは俺と同じ席で食事をしようとしなかった。どうも、この世界の常識では奴隷は主人と共に食事をしないようなのだ。最初の頃なんて「ご主人様と同じ物を頂くなんて、恐れ多いです!」なんて言う程だった。俺としてはエフィルを奴隷扱いする気は更々なかったので、『食事は皆で食べる』を我が家のルールとした。その成果か、今ではエフィルも普通に同席してくれている。

「ご主人様、本日のご予定はどう致します?」

「んー、めぼしい討伐依頼が最近ないからな……」

 リオの特別依頼でもない限り、パーズ周辺でB級以上の討伐依頼はほぼない。かと言って、低級の依頼を受けても旨味があまりない。

「今日は鍛冶に専念したいと思う。ジェラールの装備もそろそろ出来そうだし」

「それではお弁当をお作りしますね」

「助かるよ。エフィルはどうするんだ?」

「お昼まではクレアさんのお手伝いをしようかと」

 今日のような依頼がない日は、各々自由行動をすることが多い。俺なら買い物や鍛冶、エフィルなら宿の手伝いをしながら料理の特訓といった感じだ。

「おや、今日も手伝ってくれるのかい? エフィルちゃんは客受けが良いからね。あたしも宿も大助かり、すっかり看板娘だよ。バイト代も弾まないとだね!」

 確かに、エフィルが宿の食堂を手伝うようになってから、客足が増えた気がする。主にギルドで見たことのあるような気がする男の冒険者達だが。ここ最近、俺に次いでエフィルもギルドで話題になっている。まだ冒険者としてはC級だが、実力は間違いなくこの街のナンバー2。そこに加えてこの美しくも可愛らしい容姿、おまけに健気な性格ときたものだ。噂にならない方がおかしい。そんなエフィルを一目見ようと考える輩が釣れている訳だな。

「いえ、そんな…… クレアさんには普段からお世話になってますから、そのお礼です。それに、クレアさんの料理はとっても勉強になりますから」

 屈託のない笑顔でエフィルは答える。

「な、なんてできた子なんだい……! ケルちゃん、今時こんな良い子いないんだから、絶対手放したら駄目だよ!」

「ははは、手放すなんてありえませんよ。もし手を出そうとする輩がいたら潰します」

 そう、あの王子のように。

「ふふ、程々に潰しときな。ああ、そうだ。ギルドのリオから伝言を預かってたよ。今日中に一度顔を出してくれってさ」

「リオさんから? また特別依頼ですかね?」

「さあね、詳細はリオから聞くこった」

 ふむ、今日は装備製作に没頭する気であったのだが、先にギルドに行ってみるかな。

「わかりました。今の内にギルドに行ってみますよ。エフィルもギルドには一緒に来てくれ」

「承知致しました」

 精霊歌亭を出発し、ギルドに向かう。ちなみにメルフィーナとジェラールはこの頃に起き出した。クロトは俺より先に起きていたようで、エフィルの肩にいつものように乗っている。

『ふぁ…… おはようございます……』

 神様も朝には弱いようだ。メルフィーナは欠伸をしながら目を覚ます。

『王よ、飯はまだかの?』

 さっき食べたでしょ。

『いや、食っとらんし』

 ちっ。冗談はさて置き、配下達は魔力でエネルギー供給をしている為、食事はとってもとらなくも問題ない。この辺りは各々の気持ちの問題かな。『食事は皆で』と決めたのだ。いつかは家を購入し、ジェラールやクロトが気兼ねなく飯を食える空間を作りたい。

「工房に行ったらエフィルの弁当を食べさせるよ。悪いけどエフィル、多めに頼む」

『おお、エフィルの弁当か! 楽しみじゃのう!』

『……あなた様、早く私の実体化を』

 メルフィーナにプレッシャーをかけられながらも、無事ギルドに到着する。ああ、討伐依頼の話だといいなー……


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